イイオンナになるために、日々修行中


by kaokaolululu
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健全に傷つくこと。

年末年始が近くなると、
クリスマスプレゼントやお歳暮、年賀状などで
自分の交流について、考える機会がやってきます。

たくさんの方とお知り合いになり、お世話になり
「ありがとう」の気持ちや
「これからもよろしく」とか
「また会いましょう」のメッセージを伝えたい。

その反面、
頻繁に会っていない後ろめたさから
「ほんとにこんなことを伝えていいのかな」的な気持ちにも
正直、なります。
「これからもよろしく」なんていう言葉は
わたしもそれなりにお世話をしていないと
発してはいけない言葉なんじゃないかな~、なんて。
その方との「絆」がないと、言ってはいけないのではないかしら、と。

ある方がこんなことを言っておられ、
少し考えが変わりました。


大震災後に「絆」の大切さが語られました。私はそれに懐疑的です。
麗しすぎる、美しすぎるからです。
人がつながるのはそう簡単ではない。
たとえば匿名の寄付はいいことかもしれないが、
匿名ですることで人はつながりを拒否しているのではないか。

直接会って何かをプレゼントしたら、もっと要求されるかもしれないし、
付き返されるかもしれない。
でも、人のつながりとはそういうもの。
知り合った人が苦しんでいればつらい思いをする。
死んだと聞けば罪の意識を感じる。
それが大事なのです。

きずなには「きず」が含まれています。
「きず」から始まる。
社会は、人が健全に傷ついていくものではないでしょうか。





人と向き合えば、たくさん向き合えば、
それだけ傷つく可能性が大きくなるわけです。
でもそれは単なる確率論であって、
傷つかないことが正解で、
傷ついたからだめだということにはならないのかも?
そんな風に考えました。

わたしのことを「まんま」認めてくれたり
受け容れてくれたりする人がいるだけで
わたしの存在価値があるわけで、
さらには、誰かの笑顔のお役に立てたりすることがあるってことは
とってもとってもすばらしいことなんだな、と思いました。

傷ついたり、認められなかったりすると
やっぱりかなしいし、ツライけど
それは誰かのことを想って、その人の領域に思いを馳せた結果。
そういうコトができるわたしって、
相手のコトをかんがえられないより、ずっとずっといいじゃん☆
って思います。

たとえ傷ついたとしても、それは
「人としてがんばった証拠」で、勲章みたいなものなのかもしれないな。


だから、これからも誰かのことを
いっぱいいっぱい想っていこうと思います。
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by kaokaolululu | 2012-12-19 07:18 | ひとりごと